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高校野球:歴代から選ぶ甲子園ベストナイン

日に日に気温が高まり、夏を感じさせる季節になってきました。

それは、高校野球ファンにとっても”夏の甲子園”が開幕するというたまらない季節が訪れ、自分の世代とリンクさせて”歴代から選ぶ甲子園ベストナイン”を考えてみるのも楽しみのひとつです。

※選考基準

  • 当時の評判と春夏甲子園での活躍度を基準に選出
  • 原則当時のポジションから選出
  • あまりさかのぼってもきりがないので、1980年代から現在までで選出

ポジション別

投手

  • 松坂大輔選手(横浜)  :投手・(外野手)
  • 桑田真澄選手(PL学園):投手・(外野手)

※この選手もスゴイ!

  • 田中将大選手(駒大苫小牧):マーくん
  • 斉藤祐樹選手(早稲田実業):ハンカチ王子
  • ダルビッシュ有選手(東北)
  • 藤波晋太郎選手(大阪桐蔭)
  • 島袋洋奨選手(興南)
  • 堂林翔太選手(中京大中京)
  • 菊池雄星選手(花巻東)
  • 大谷翔平選手(花巻東)
  • 鈴木一朗選手(愛工大名電):イチロー(投手・外野手)
  • 吉田輝星選手(金足農業)
  • 奥川恭伸選手(星稜)

『平成の怪物』こと、横浜の松坂大輔選手を選出しました。特に圧巻だったのが夏第80回(1998年)大会。準々決勝のPL学園戦で球史に残る延長17回を250球で投げ抜き、続く準決勝では先発せずに敗退濃厚の流れにあったものの、仲間の逆転を信じて腕のテーピングをはがしとって登板した姿は鳥肌ものでした。そして決勝戦は、何とノーヒットノーランでみごと優勝。まさに平成の怪物でした。

その松坂選手が登場するまでは、『KKコンビ』としてPL学園黄金期のマウンドに君臨した桑田真澄選手が甲子園の顔であったと感じています。春夏5度全てに出場し、優勝2回・準優勝2回・準決勝1回というチーム成績のみならず、個人としても春夏通算20勝は学制改革以降は第1位で、打っても春夏通算6本塁打の歴代2位タイ記録の持ち主です。その金字塔は長い甲子園の歴史においても永遠と語り継がれる大選手です。

甲子園への出場機会は少なかったですが、イチロー選手も投手としての強肩とバッターとしてのミート力は、その後の片鱗を漂わせていました。

昔は「投手で4番」というチームも多く、また「投手はひとりで投げ抜くもの」という風潮から、甲子園の投手としてプロ入りする方が大勢いました。

また、今ほど練習環境が整備されている時代ではなかったので、なかなか雪国のチームが甲子園で活躍することが難しい時代でもありました。そんな中、東北勢に初優勝旗の「白河越えなるか」と期待が寄せられたのが東北高校のダルビッシュ有選手でした。惜しくも優勝旗が白河を越えることはできませんでしたが、駒大苫小牧のマーくんこと田中将大選手が雪国に優勝をもたらせ、近年でも菊池雄星選手や大谷翔平選手などのメジャリーグ級の投手が続々と雪国からもあらわれています。直近の夏第100回(2018年)大会の準優勝投手となった秋田県金足農業の吉田輝星投手も、先日入団した日本ハムファイターズでプロ初登板初勝利して今後が期待されます。

今年の夏第101回大会においても、星稜の奥川恭伸選手は春センバツ大会の履正社戦のような投球が再現できれば、本大会で甲子園のレジェンドとして名を連ねる可能性を秘めていますし、本大会出場には厳しい状況のようではありますが、ドラフト1位候補の岩手県大船渡の佐々木朗希投手も注目されています。

捕手

 

  • 森友哉選手(大阪桐蔭):捕手

※この選手もスゴイ!

  • 中村奨成選手(広陵)
  • 中谷仁選手(智弁和歌山)

捕手は、藤波晋太郎選手とバッテリーを組んで、春夏制覇をした森友哉選手を選出しました。当時優勝候補大本命であった大阪桐蔭を春夏制覇へと導いたインサイドワークはもちろんのこと、僕が森選手が大好きなところは、あの”フルスイング”です。プロの西武ライオンズへ進んでからもあのフルスイングは健在で、入団当初はプロの投手に苦戦していましたが、今では打撃部門の上位に位置し、捕手としてもスタメン出場するようになってきていますので注目しています。

その森選手に甲乙つけがたいのが、夏第99回(2017年)大会でブレイクした中村奨成選手でしょう。それまで長い間破られなかった清原和博選手の持つ1大会5本塁打を上回る6本塁打を記録したのをはじめ、打撃部門の数々の1大会記録を塗り替えたことは、まだまだ記憶に新しいところです。

捕手は他のどのポジションよりも経験値が重要なポジションです。そのため、数々の甲子園でスターとなった選手でも、高校卒業時にプロのドラフト上位に指名される選手は稀です。そんな中、高校卒業時に阪神タイガースにドラフト1位指名された中谷仁選手もあげておきます。中谷選手は、阪神他で活躍された後、2018年からは高嶋仁監督の後を受け継いで母校智辯和歌山の監督に就任されていますので、今度は高校野球の監督としてその采配に期待しています。

一塁手(ファースト)

  • 清原和博選手(PL学園):一塁手・(投手)

※この選手もスゴイ!

  • 清宮幸太郎選手(早稲田実業)
  • 筒香嘉智選手(横浜)
  • 武内晋一選手(智弁和歌山)

「甲子園は清原のためにあるのか~!」

一塁手は『KKコンビ』のもうひとり、清原和博選手を選出しました。

数々のドラマを生んできた甲子園では、いくつもの伝説に残る名実況をも生みました。

夏第67回(1985年)大会の決勝戦で清原選手が放ったホームランに、植草貞夫アナウンサーが報じた伝説となる名言です。アドリブだったそうです。

ホームランはその記録だけではなく、そのひと振りが相手の戦意を喪失させ、試合を決定させる一撃となります。

その試合の4回にも清原選手は本塁打していますが、6回に放った本塁打は、まさに”記録”が”伝説”へと化したホームランでした。

春夏通算13本塁打、91打数40安打・打率440、29打点。

もうこんな選手はあらわれないのではないかというくらい、記録としても、記憶としても、まさに高校野球・甲子園として語り継がれる選手です。

この企画の選考を平成以降としなかったのも、僕の甲子園にとって清原選手を外せないからです。

その後も、甲子園は多くのスラッガーを輩出しました。横浜高校の筒香嘉智選手や早稲田実業の清宮幸太郎選手もそのひとりですが、惜しむべきは彼らは下級生の時にその片鱗を発揮しましたが、上級生としては甲子園出場を阻まれた大会もあり、3年夏の雄姿を見てみたかったです。

二塁手(セカンド)

  • 町田友潤選手(常葉菊川):二塁手

※この選手もスゴイ!

  • 上本博紀選手(広陵)

『甲子園史上最高の守備職人』と言えば、常葉菊川の町田友潤選手をあげる方も多いと思います。今回選出した他の選手は全てプロでも大活躍していますが、町田選手は唯一プロに進んでいません。それでも、甲子園史上最高の二塁手だと思わせたのが、当時の守備力でした。TV画面の外からでも突如あらわれて追いつく守備範囲と、プロ顔負けのグラブさばきは圧巻でした。町田選手にヒットをアウトにさせられた球児は数えきれません。

プロに進んだ後コンバートされて、現在はプロの二塁手として活躍されている選手も、その多くは高校時代は遊撃手でした。また、二塁手は経験値が必要なポジションでもありますので、高校卒業数年後に大成したプロの二塁手も大勢います。そのため、今回の選出基準である「当時の活躍度・ポジション」から二塁手を選出するには難しかったポジションですが、もうひとり広陵の上本博紀選手をあげました。

三塁手(サード)

  • 松井秀喜選手(星稜):三塁手

※この選手もスゴイ!

  • 岡本和真選手(智弁学園)
  • 内之倉隆志選手(鹿児島実業)

『ゴジラ』こと、星稜の松井秀喜選手を選出しました。

甲子園常連校ではあったものの、まだまだ地方の強豪とされていた星稜を、一躍全国区におしあげたのはゴジラ・松井秀喜選手であり夏第74回(1992年)大会でした。緒戦でいきなり2打席連続ホームランを放った松井選手の活躍によって、星稜の初優勝が期待された大会でしたが、あの『5打席連続敬遠』によって松井選手は一度もバットを振ることなく甲子園を去ることになってしまいました。その後の活躍は言うに及ばす、ミスタージャイアンツ・長嶋茂雄監督の巨人で活躍した後、ニューヨークヤンキースではワールドシリーズのMVPに選出されるなど世界的な大選手へと成長していきました。

スラッガーが揃う三塁手には、その世代のホームランバッターも多くいました。智弁学園の岡本和真選手や鹿児島実業の内之倉隆志選手もそのひとりです。

遊撃手(ショート)

  • 立浪和義選手(PL学園):遊撃手

※この選手もスゴイ!

  • 元木大介選手(上宮)
  • 福留孝介選手(PL学園)
  • 浅村英斗選手(大阪桐蔭)
  • 今宮健太選手(明豊)
  • 坂本勇人選手(光星学院)
  • 根尾昴選手(大阪桐蔭)
  • 小園海斗選手(報徳学園)

遊撃手は、チームきっての強肩と守備範囲を誇る身体能力バツグンの選手が担うことが多いポジションです。それだけに甲子園においてもスター選手の宝の山が遊撃手です。

その宝の山から、PL学園の主将として春夏連覇をけん引した立浪和義選手を選出しました。

1980年代のPL学園黄金期をけん引する”キャプテンシー”と、走攻守全てにわたって”天才”とイメージさせる華麗なプレーは、卒業後に入団した中日ドラゴンズでも、星野仙一元監督をもって『ミスタードラゴンズ』といわしめました。

高校卒業後も長年ショートを守っている選手もいれば、打撃力をかわれてセカンドや外野にコンバートされて主力打者として活躍している選手も多数います。また、高校時代はエースとして活躍した選手がプロ入り後に球界を代表するショートとなったケースも多く、PL学園から西武ライオンズに進んだ松井稼頭央選手や岡山南のエースから読売ジャイアンツの名ショートとなった川相昌弘選手が代表的です。

それだけショートは”チームの要”であり、甲子園においてもショートに評判選手を擁しているチームが上位進出している証でもあります。

直近世代からは、中日ドラゴンズへ進んだ大阪桐蔭の根尾昴選手と広島東洋カープへ進んだ報徳学園の小園海斗選手をあげました。ふたりとも数年にひとりの逸材として昨年のドラフトで1位指名されましたが、プロの水に苦戦している様子です。特に根尾選手は、経験の浅いショートとしての守備においても苦戦しているようで、落合博満元監督が「外野手として使ってみたい」といっているように、福留選手のように外野手へコンバートした方が、その打撃力と特出した身体能力を発揮できるので良い結果がでるのではないかと僕も同感です。

外野手

  • 中田翔選手(大阪桐蔭) :外野手・投手・一塁手
  • 平田良介選手(大阪桐蔭):外野手
  • 藤原恭大選手(大阪桐蔭):外野手

※この選手もスゴイ!

  • 鵜久森淳志選手(済美)
  • 荒井幸雄選手(横浜商業)
  • オコエ瑠偉選手(関東一)
  • 萩原誠選手(大阪桐蔭)

外野手は、大阪桐蔭の選手がずらりと並びました。

中田翔選手は、本格派投手としての二刀流で、3度の甲子園出場で4本塁打しています。甲子園の本塁打記録でいえば清原選手や中村選手ですが、清原・中村両選手はアベレージヒッターとしても優秀で、強打者らしい直線的な弾道です。一方の中田選手の弾道は、いかにもホームランバッターとして弧を描くところが僕の好みです。当時は、中田選手が使用していたミズノ社製のVコングにあこがれたものです。

3年生の夏の大会で、大会タイ記録となる一試合3本塁打したのが平田良介選手で、『甲子園の申し子』と呼ばれるにふさわしい大活躍でした。

昨年の夏第100回(2018年)大会で、大阪桐蔭春夏連覇の立役者のひとりとなったのが、藤原恭大選手でした。走攻守三拍子揃った中堅選手として、春夏通算5本塁打したスラッガーでもあります。

現役のプロ野球で外野手として活躍している甲子園のスターもたくさんいますが、プロ入団後に外野手にコンバートされた選手も大勢いて、甲子園からそのままプロ野球の外野手として大成している選手は意外と少ないです。

歴代から選ぶ甲子園ベストナインとオーダー

  • 1番 遊 立浪和義選手(PL学園):主将
  • 2番 二 町田友潤選手(常葉菊川)
  • 3番 三 松井秀喜選手(星稜)
  • 4番 一 清原和博選手(PL学園)
  • 5番 左 中田翔選手 (大阪桐蔭)
  • 6番 右 平田良介選手(大阪桐蔭)
  • 7番 捕 森友哉選手 (大阪桐蔭)
  • 8番 投 松坂大輔選手(横浜)  :先発
  •    投 桑田真澄選手(PL学園):抑え
  • 9番 中 藤原恭大選手(大阪桐蔭)
  • 監督   中村順司監督(PL学園)

寸評

甲子園、特に夏の日本一を目指すとなると、地方大会から本大会の決勝戦までは、長丁場で過酷な気温との闘いにもなってきます。

そのためにも、まずは二遊間と中堅のセンターラインを固めて「守備」からリズムをつくっていきます。甲子園では、守備のほころびから大量失点につながってしまうからです。

ショート・立浪選手、セカンド・町田選手、センター・藤原選手の鉄壁の守りと同時に、その三人で「足」を使った機動力を発揮させます。高校野球は足をからませた攻撃が相手をうわだたせて、一番効果があります。

あとはこのメンバーならば、どこからでも点を取ることができるでしょう。

ピッチャーは、どうしてもひとりに絞ることができなかったため、現代野球風に、松坂選手と桑田選手の二枚看板で挑みます。先発に松坂選手、巨人と中日の『10.8決戦』(1994年)でも抑えとして登板した桑田選手に最後を任せます。

監督はもちろん、PL学園黄金期を指揮した中村順司監督です。絶対的エースのもと守備を固め、足を使った機動力でチャンスをつくり、そして最後は大砲が返すというチームづくりが僕の好みにピッタリな監督です。

最後に

最初は「ちょっと考えてみよう」と書き出したこの企画でしたが、書いている内に熱が入り、これでも大分内容を削りました。

僕の世代で甲子園と言えば、早稲田実業の荒木大輔選手や、水野雄仁選手を擁した『やまびこ打線』が一世を風靡した池田高校、そしてPL学園が甲子園に君臨していた時代でした。

そのため、今回の企画は1980年代以降の選手から選出しましたが、松坂大輔選手世代以降から選出したり、田中将大選手世代以降から選出すると、それぞれ違ったメンバーになってくるかと思います。

自分が甲子園を見ていた時代とリンクさせると楽しいですよ。

アナタの”甲子園のヒーロー”は誰ですか!?

 

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